第10回 蘇るパソコン購入読本(2)
骨董品データ
書籍名 | パソコンの常識事典 |
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著 | 脇 英世(監修) |
出版元 | 日本実業出版社 |
発行年 | 1987年 |
定価 | 2060円 |
コメント | 初めてのパソコン購入前に読んだ2冊目の専門書。今読み返すと相当マニアックな内容にまで踏み込んである。 |
もっとパソコンのことが知りたい
前回「パソコンの上手な選び方」で、その当時のPC事情はおぼろげながら見えてきました。
それでも実際PCを購入するのは半年先ぐらいになりそうだったし、その時までPC所有意欲を持続させるためにもう少し情報が欲しくなりました。
正直なところ、これから先の半年間を「パソコンの上手な選び方」1冊で過ごすにはちょっと物足りなかったのです。
そこで地元の本屋で見つけたのが、この「パソコンの常識事典」。いくら日本狭しと言えども都心の本屋と辺境の本屋では情報の量・質とも差は歴然としていました。
その中でチョイスしたのがこの本。
パソコンを購入するのならば、この本に書かれている内容は常識として押さえるべき
もちろん本にはそんなことは一言も記述されていませんでしたが、そんな強い意志をヒシヒシと感じる"常識事典"というタイトルに惹かれて購入したことをそれとなく覚えています。
後はページ数。426ページもある分厚さは半年間のモチベーションを維持するには十分すぎるものでした。
今回は前回「パソコンの上手な選び方」と合わせて、その当時のソフトウェア事情を振り返ってみます。
筆者は当時これらのソフト名を書籍で知っているだけでした。そのため商品紹介はWikipediaや他のWeb記事の参照であることをご容赦ください。
ビジネスソフト御三家
これらの本の中でビジネスの場でよく使う3種類のソフトを「ビジネスソフトの御三家」、「ビジネスソフトの三種の神器」などと表現しています。
今でこそMicrosoft Officeを1つ購入すれば一通りのソフトが揃いますし、あるいはメーカー製のパソコンを購入したらWindowsと一緒に最初からあったりするので「御三家」「三種の神器」と言われてもピンときません。
なおビジネスソフトの御三家とは「ワープロソフト」「表計算ソフト」「データベース」ソフトの3つ。
大多数の人がワープロソフトならWord、表計算ソフトならExcelを使っているような一強独裁の現代とは違い、業界標準はいくつか存在したものの、それぞれのソフトが個性を発揮していた百花繚乱の時代だった印象があります。
当時はどんなソフトがあったのでしょうか?今日まで脈々と連なっている歴史あるソフトは存在するのでしょうか。
ワープロソフト
やはりワープロソフトと言えば、ジャストシステム「一太郎」と管理工学研究所「松」ではないでしょうか。
一太郎dashはノートPC版の一太郎。デスクトップとノートPCでソフトが違うのか!と驚かれるかもしれませんが、Wikipediaによれば
Ver.4およびジャストウィンドウは、当時としては高価だったEMSメモリやハードディスクドライブをほぼ必須としており(中略)、 上記のように一太郎専用機として使われることの多かったパソコンシステムに対しては、当時としては過剰とも見られる投資が必要だったためである。
一太郎-Wikipediaより
ノートPCでは性能のパワーアップはほとんど不可能なため、この過剰なスペック喰いのVer.4は動かない。そこでノートPC用として事実上Ver.3を復活させることになった……という事情があるようです。 (ユーザの中には一太郎の名をもじって、使えないVer.4のことを四太郎(=与太郎)などと称していたようです)
管理工学研究所「松」は、「一太郎」がワープロソフトのシェアを伸ばす以前に、PC-98シリースでは最初のヒット商品だと言います。
当時のワープロソフトは遅く、それに不満を持ったスピード狂の管理工学研究所の開発者がキビキビ動くワープロソフトが欲しくて開発。あまりの高速さに日本電気(=NEC)からも驚かれたと言われています。
多機能の「一太郎」。高速動作の「松」。当時のワープロソフトは「一太郎」と「松」が人気を二分していました。
パソコンを購入する前からワードプロセッサ書院で文章を書くのが好きでしたので、パソコンを購入したらワープロソフトで文章を作りたいという欲求がありました。
そのため筆者はこの本に掲載されているfig 10.1の一太郎の黒塗り(※1)の重厚なパッケージ写真。毛筆書体で書かれた力強い"一太郎”の文字。この写真に憧れを抱いていました。一太郎が欲しくて欲しくてしょうがありませんでした。
本に価格は掲載されていませんが、少年だった筆者が購入できる値段でないことは確実。結局、大学時代にDOS/Vパソコンを購入するまでワープロソフトを手に入れることはできませんでした。
(※1)黒塗り……本中の写真はモノクロなので実際の色はわかりません。
ところが。
筆者が「パソコンが欲しい」と思っていた中学時代。小学校時代の同級生の家に遊びに行くと、そいつの家にはすでにPC-9801が鎮座していました。
それだけでも驚きだったのにPC-98の横にあったのが「松 Ver.5」。衝撃を受けました。自分がパソコンすら憧れを抱いていたときに、すでにワープロソフトまで購入していたという事実に。
他にもワープロソフトには、デービーソフト「P1.EXE」、バックス「VJE-Pen」などがありました。 筆者の中学校の電算室にあったPCには、日本マイコン「テラIII世」という名前のワープロソフトが入っていましたが……あれってどうなったんでしょう?
表計算ソフト
表計算ソフト=ロータス・デベロップメント「ロータス1-2-3(ワン・ツー・スリー)」と言っても過言ではありませんでした。
当時マイクロソフトは「Multiplan(マルチプラン)」を開発していましたが、ロータスの前に敗北を喫していました。 そして後にマッキントッシュ用表計算ソフト「Excel」を開発し、捲土重来につながっていくのでした。
データベースソフト
現在ではオラクル「Oracle」、個人向けではマイクロソフト「Access」が代表でしょうか。他にも「MySQL」「PostgreSQL」なども有名です。 今でもデータベースソフトは戦国時代の真っ只中にあるような気がします。
当時はユーザ数が全世界で300万人と言われている業界標準のアシュトン・テイト「dBASE」。他にはアールベース「R:BASE」、管理工学研究所「桐」、アスキー「The CARD3」などこちらも戦国時代。
Oracleなどは今でも決して安いソフトではありませんが、当時のソフトは驚くほど高かったようです。一例を挙げると、
- dBASE III Plus(アシュトン・テイト)……268,000円
- R:BASE Lite(アールベース)……168,000円
- 桐(管理工学研究所)……98,000円
- The CARD3+(アスキー)……48,000円
- Ninja3PRO(サムシンググッド)……42,000円
- Let'sアイリス(パーソナルメディア)……42,000円
dBASE IIIなんてパソコン1台買えるじゃねーかよ、というぐらいのお値段。これで全世界300万人が使っているというのだから驚きです。
統合ソフト
「一太郎」「松」などのワープロソフトは6万円弱。表計算ソフト「ロータス1-2-3」は10万円弱。個人向けデータベースソフトは5万円前後。
ビジネスソフト御三家全部購入すると20万円以上の出費になります。
大人でも簡単に揃えられる値段ではないだろうし、まして少年だった筆者にはとても手の届くレベルではありませんでした。
個々で購入するととてつもなく高いが、個々の機能は専用ソフトに劣るものの全部をまとめて1つのパッケージにした「統合ソフト」なるものがありました。
その統合ソフトの一つがマイクロソフト「Works」。ワープロ+表計算+データベース+通信ソフトが全部入りで40,000円という価格は当時とても魅力的にうつりました。
このWorksのパッケージ写真を飽きることなく眺めながら「いつか手に入れたい……」密かに情熱を燃やしていました。
かつての英雄たちはその後どうなったのか
盛者必衰の理ではありませんが、当時を知らない人はほとんどのソフト名を聞いても「ナニソレ?」と思ったことでしょう。かつて全盛を誇ったソフトはその後どうなったのか。簡単に調べてみました。
一太郎……
Windowsへの移行が大幅に遅れWindows版Ver.5を完成させるものの、マイクロソフトWordとExcelの抱き合わせ販売などの販売工作によりシェアは大幅に低下。
しかし日本語ワープロは日本のメーカーで。Wordにはない痒いところに手が届く機能には定評があり現在でも根強いファンを持つ。現役ソフト。
松……
熱狂的なファンを獲得したもののWindowsに対応しなかったためシェアを失った。1997年に「松風」をWindows版軽量ワープロソフトとしてシェアウェア販売。
しかし「松」との互換性に乏しく、機能も限定されたものだったためインパクトを与えるまでには至らなかった。2006年11月30日に「松風」ライセンス販売終了。
ロータス1-2-3……
Windowsへの対応が遅れ、Windowsの普及と共に順調にシェアの伸ばしていったExcelに大きく遅れをとる。
その後ロータスがグループウェア「Lotus Notes」に注力したことによりExcelとの差は埋めようがないほど広がっていった。最新バージョンは2001。
2003年にソースネクストより1,980円で販売されたが、現在は販売終了。
dBASE……
Windowsへの対応がうまくいかず、新たな互換製品に取って代わられたため苦境に陥った。1994年にdBASE5 PC版がリリースされたころには市場では力を失っていた。
dBASEのファイルフォーマットは現在でも地理情報システムなど多くのアプリケーションで活用されている。
Works……
マイクロソフト製品の中では知名度こそ低いものの現役ソフト。2008年現在の最新バージョンは8。
こうして見ると数々のソフトが天下を取りその後消えていきました(没落の大半がOSがらみというのがなんとも言えませんが)。 今、業界標準となっているソフトは10年先も残っているのでしょうか。あるいは、昔○○というソフトがあってな……と思い出の一つになってしまうのでしょうか。