隠しておくつもりはないものの、退職という事実はなかなか他の社員には打ち明けられないもの。 ましてやお世話になっている身近な人ならば、なおさら。
一番お世話になっている会社の先輩には課長から話が言っていたらしい。 2週間ほど前にテニス練習の帰りに珍しく先輩から「晩飯でも食べようか」と誘われた。 一通り注文を済ませた後に突如切り出された。
「で、ishiiの所に行くんだって?」
まさかこのタイミングで切り出されるとは考えていなかったので、ひどく慌てた。
「・・・はい。自分の口からいつかは言わなければ思っていたのですが・・・。お世話になりました」
苦笑いしながら先輩は首を振った。 この先輩は以前に私とishiiと3人で飲んだときに、彼と色々と話したらしい(自分は終電だったため先に帰った)。 そのため彼が会社を起こしたこと。仕事の内容。など知っているはずだった。
先輩は自分の現状、それから将来のこと。自分の考えを率直に話してくれた。 自分も正直、今の会社、今の仕事を限界に感じていることを伝えた。 将来に関して不安に思わない人間はいない。特に弊社であればなおさらだ。 人それぞれに親がいて、故郷があり、悩みを抱えながら生きている。 今の会社は長い人生におけるほんの一時の宿り木に過ぎない。先輩よりほんの少しだけ旅立ちの時が早かっただけなのだと思う。
弊社に残って昇進を目指すことも選択の一つだと思う。 ところが弊社で課長職を目指そうと考えたら、最低でもあと20年は待たなければいけない。 会社が成長を続けて、部署が増えるのなら20年も待つ必要はない。 しかし現在の成長率・・・というより社員が減りつづけている現状を見れば部署が増えることは、まず考えられない。そうすれば今のポストが空くのを待つより他ならない。 ・・・それ以前に弊社が今後20年も持つとは考えられないのだが。
先輩にはそう力説した。昇進(=給料の劇的アップ)の望みが薄いのであれば、タイミングの良いところでどうするのか考えなければならない。
夜は静かにふけていった。 残念ながら終電が近かったので多くは話せなかったが、少なくとも先輩と久しぶりに腹を割って話せたのは収穫だったし有り難かった。
後は毎日昼食を食べている後輩2人と先輩にどう切り出すか。 先輩は中国出張中なので、その先輩が帰ってきてから話せばいいだろう。まだ時間は十分あるのだし。 それよりも自分が退職することが今一つピンとこない。部課長との話し合い以降、何事もなかったかのように過ぎる日々。 普通に仕事が割り当てられ、仕事の引き継ぎ話(特にないけど)が出るわけでもない。 部長も課長も私が退職することを忘れているんじゃないかと思ってしまう。
・・・そんな昨日。
いつも昼食に付き合ってもらっている後輩から「久々に晩ご飯でも食べに行きませんか?」と誘われた。 彼は実家住まいなのだが、とある事情で今日は家に帰っても夕飯がないらしい。以前はよく会社の隣にある定食屋によく夕飯を食べに行ったものだった。 もっともそこの店員か客に財布を盗まれてからはこっちから遠慮させてもらうようになったが(→「財布なくしました」参照)
注文を済ませ、いつもどおり他愛もない話をしている最中、突然その話題はやってきた。
「ひょっとしてなんですけど・・・会社辞めるんですか?」
記事にするために改めて思い出すと「夕飯に誘われる→退職話」という少し考えれば簡単に気づきそうなコンボなのだが、後輩は全く知らないはずと思い込んでいた私は激しく動揺した。
「・・・その話をどこから?」
「いや、ひょっとしてなんですけどね。前に下の会議室で部長と話していたみたいじゃないですか」
さすがは勘の鋭い男だ。というかあんな場所で退職に関する話(→「【退職への道1】部長面接」参照)をしていたら筒抜けになるのは当たり前か。 いや、別に隠しておく必要もないだろうから問題ないか。
特に極秘にする必要もないので正直にうなずいた。
「・・・それで、ひょっとしたらですけどishiiさんの所に行くんですか?」
本当に鋭い男だ。彼の推理力には脱帽する。
彼はishiiのブログに書かれた記事と私の不審な動向。そして私とishiiがかつて同期だったことから、この結論を導き出したらしい。 私は素直に肯いた。
「・・・なんて言うか。あまりにも自分の考えた通りなんで別段驚きもないですが」
「まぁ、そもそもあんな場所で退職の話をしていたらバレバレか」
「M山さんもハッキリとではないですが、知っているみたいですよ。あとN地も。 この間、M山さんとN地の家に泊まりに行ったときに話してたんですよ。もしかしたら退職するんじゃないかって」
人の口に戸は立てられぬ。どうやら水面下で色々噂は伝わっているらしい。
「・・・そうですか。では私も退職することにします」
彼は突然驚くべきことを言いだした。全く予期していなかった私は彼の言葉に驚いた。
「まじで?」
「今すぐにと言うわけではないですが。遅くとも年度内(3月)には。そろそろ転職活動を本気で始めようかと」
それから話題の中心は一気に転職活動について。いったいどんな会社が良いかわからない、という彼。それは自分も判らない(※1)。 判らないけどピラミッド構造の底辺をなす企業(特に弊社)がどんなに悲惨か。そのことは彼も知っているはず。 で、あれば転職先も自ずと見えてくるのではないだろうか。
(※1)自分も判らない……判らないからこそishiiの会社で頑張ってみようと考えたというのもある。
間違っても創業20年にも関わらず社員数が50人に満たない似非「ベンチャー企業」を選ぶことはないだろう。 彼には転職を決意し、なぜishiiの会社に行こうと思ったのか。自分の考えを率直に伝えたつもりだ。参考になったかどうか分らないが。
ishiiが以前から彼を雇いたがっていると伝えたら「話だけでも聞いてみたいです」と前向きの返事を貰った。 彼が転職を考えているのはその場の思いつきではないくどうやら以前から考えていたことらしい。
そして今日。
いつも一緒に昼食を食べにもらっているもう一人の後輩には、昼食時に自分の口から退職することを伝えた。 どうやら彼は全く知らなかったようで「えっ……マジですか!?」息を飲んで絶句していたのが印象深かった。
この日はその後どんよりとした重苦しい空気が漂いなんともやるせなかった。 昼食後に彼が「・・・俺もそろそろ転職しますかね。いや、マジで」ぼそっと呟いたのが気になった。
・・・まるで雪崩を打つように俺も俺もと退職宣言。 もし後輩2人が本当に退職を会社に告げたら……そのとき弊社はいったいどうするのだろうか。 人ごとながら少し心配してしまう。一応、(色々な意味で)お世話になった会社なので。
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